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「ダメ」で「孤独」な私たちにはミランダ・ジュライが効く──岸本佐知子さんインタビュー

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「ダメ」で「孤独」な私たちにはミランダ・ジュライが効く──岸本佐知子さんインタビュー

ミランダ・ジュライ──映画を撮ればカンヌのカメラ・ドールを、小説を書けばフランク・オコナー国際短編賞を受賞し、横浜トリエンナーレの出展作品では檀ふみを号泣させ、夫である映画監督のマイク・ミルズには「理想の女性」と言わしめる。唯一無二の存在感を放ち、日本にも多くのファンを持つ彼女の初めての長編小説『最初の悪い男』が、8月に発売されました。

本作の刊行を記念し、翻訳を手掛けた岸本佐知子さんに、ミランダ・ジュライという作家の独自性について、お話を伺いました。

 

文=清藤千秋(SPBS編集部)
インタビュー写真=福田直記

 

名も知らぬ作家の処女作が、居ても立ってもいられないほど面白かった!

岸本佐知子さん

 

──ミランダの処女作『いちばんここに似合う人』が、日本で刊行されたのが2010年。その翻訳も岸本さんが担当されていますが、どのような経緯で翻訳を手掛けることになったのでしょうか?

 

岸本:私はずっと、コラムニストの山崎まどかさんのブログを愛読していたのですが、そこであるとき、ミランダが自作したプロモーション画像*1を紹介していたんです。初の短編小説集を出版するにあたって、自身のWEBサイトに掲載していたものなんですが、それがもう、面白くて面白くて。

ミランダが、「本当はホワイトボードがいいんだけど、家にないから仕方なく」という理由で、自分の家の冷蔵庫に、メッセージを書いては消し、書いては消し……としていくのを、読者は紙芝居みたいにクリックして読み進めていくんです。

「今度こういう本を出します」「装丁はこんな感じです」「黄色とピンクがあるので、その日の服の色と合わせてコーディネートできます」とか(日本語版は黄色の装丁のみ)。そしたらだんだん冷蔵庫の表面がボソボソしてきたので、今度はガスコンロに書き始める(笑)。大掛かりなことをしないで、その辺にあるものを使って面白いことをやってしまおう、という発想の人ですね。

 

*1 このプロモーションは、今でもミランダの公式WEBサイトで見ることができる。

 

『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ(2010年、新潮クレスト・ブックス)

 

岸本:それまで私は、ミランダ・ジュライの名前も知らなかったのですが、さっそく本を買って読んだら、もう、居ても立ってもいられないほど面白かったんです。

そんなときに、ちょうど、新潮社の雑誌『yom yom』から「なんでもいいから、ひとつ翻訳してくれないか」と声がかかり、何編か訳して雑誌に掲載したら、読者からの反応が良かったので、「全部翻訳して、単行本として出版しよう!」と、割とトントン拍子に進みましたね。

 

──初めから評判が良かったんですね。

 

岸本:すごく良かったです。それに、ミランダは監督作の『君とボクの虹色の世界』がカンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞していたことで、すでに名が知られていたので、「あの映画監督のミランダ・ジュライが」という感じで、普段とはちがう読者層からも反響がありました。

 

ただの「廊下」を「人生」に変える、見立ての天才

──ミランダは映画監督であるだけでなく、パフォーマンスアーティストとして、インスタレーションなどさまざまなアートプロジェクトも発表しています。ミランダのアーティストとしての独自性はどんなところにあると思いますか?

 

岸本:さっきお話しした、冷蔵庫を使った紙芝居もそうなんですが、彼女は、その気になれば誰でもできるような、シンプルな方法で表現することが多いんです。でも、それが本当に面白い。

2008年の横浜トリエンナーレで発表された*2『廊下』という彼女のアート作品は、本当に、ただの一本の廊下なんですよ。そして、ところどころに張り紙が貼ってあって、鑑賞者はそこに書かれたメッセージを読みながら前に進んでいく。「あなたはこれからこの道を進んでいきます、もう後戻りはできません」「右か左か選ばなければいけません、どうしますか?」とか。そうやって廊下を歩いていると、まるで人生の一大決心を迫られているかのように思えてくる。

 

*2 現在は群馬県渋川市にある〈ハラ ミュージアム アーク〉に所蔵されている。

 

ミランダ・ジュライ『廊下』
〈ハラ ミュージアム アーク〉での展示風景(2010年)
Photo by Keizo Kioku

 

岸本:もしかしたら、この作品でミランダ・ジュライを知った人が多いかもしれないですね。テレビ番組の「日曜美術館」(NHK)で紹介していたんですけど、そこで壇ふみさんが、この作品を観て号泣していて。

私にとっても、あれは衝撃的な体験でした。見終わってから、本当に泣きたい気持ちになって、明日からちゃんと生きようって思ったんです。みごとですよね。ただの廊下が、いつの間にか「人生」になっている。そういう見立てのマジックなんですよ。

 

──『いちばんここに似合う人』に収録されている「水泳チーム」という作品も、「見立て」の話でしたね。水を張った洗面器をプールの代わりにして、家の中で若い女の子が老人たちに泳ぎ方を教えるという。

 

岸本:そうそう! 『いちばんここに似合う人』を翻訳しようと思ったのも、「水泳チーム」に心をつかまれてしまったからなんです。「この一編をどうしても翻訳したいから、本を出したい!」という感じでした。

それに、「人とつながる」ということに、終始興味を持っている人でもあります。いつか訳したいと思っているんですが、アーティストのハレル・フレッチャーと共同で行った、「Learning To Love You More」というアートプロジェクトをまとめたフォトブックがあって。

そのプロジェクトでは、Web上でいろんな宿題が出されるんです。「あなたの両親がキスしている写真を撮りなさい」「ほくろを繋げて星座をつくりなさい」「忘れられない日に着ていた服を再現してください」とか。

それを見た人がお題に答える画像をどんどん投稿していくんですが、その回答が本当に面白くて。たとえば、「この服を着ててフラれた」とか(笑)。

一つのお題に対してみんなが投稿することによって、参加者同士にもつながりが生まれますよね。それに彼女は、「私もやるから、あなたたちもやってみて」と呼びかける。とても敷居が低いんです。

「人とつながりたい」という気持ちが、彼女のアーティストとしての表現の原点にあるような気がします。

 

「あの人も、この人も、自分だ」と思わせる描写力

 

──それでは、「作家」としてのミランダの独自性はどんなところにあると思いますか?

 

岸本:そうですね……。彼女の作品には、いろんなタイプの人が出てくるんですが、「どれもちょっとずつ自分だ」という気持ちにさせられてしまうところでしょうか。

客観的に見たら、ミランダ・ジュライって、めちゃくちゃ成功している人なわけですよね。映画も小説も評価されて、賞を取って。

名声を手に入れているだけでなく、夫はマイク・ミルズで(笑)、おしゃれな家に住んで、子どももいて……。だけど、魂の奥底に、ダメな自分をちゃんと残してる。それって、誰もが必ず持ってる「ダメさ」なんです。

寂しくて、孤独で、人とつながりたいんだけれど、自意識過剰で空回りしてしまったり。好きな人に素直に好きって言えなかったり、本当に大事なものをきちんと大事にできなかったり。

そんな、どこか「ダメ」な登場人物たちを、きちんと自分の分身として描いてるんですよね。「つくり物じゃない」と思わせるくらいにその描写が登場人物に肉薄しているから、すごく気持ちが揺さぶられる。

 

──人間の描写の仕方が際立っているんですね。

 

岸本:そうです。たとえば、『いちばんここに似合う人』の中に、「妹」というミランダの作品の中では唯一、男性の一人称の物語があって。カバン工場で働くおじいさんが主人公なんですが、翻訳しながら、彼のことをとても鮮明に想像できたんです。この人は、学歴がそんなに高くなくて、読書もしないような無骨な人で、ずっとカバンのことばかり考えて生きてきて……って。そういう冴えないおじいさんなのに、なぜか共感できてしまう。

最新作の『最初の悪い男』に登場する、主人公の中年女性シェリルも、そのシェリルと同居を始める20歳のクリーも、どちらもミランダの分身で、そして同時に、ちょっとずつ私たちなんです。

そう読者に感じさせる表現力が、やっぱりミランダのすごいところだと思いますね。

 

(後編へ続く)

 
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<プロフィール>

岸本佐知子(きしもと・さちこ)さん

上智大学文学部英文学科卒。洋酒メーカー宣伝部勤務を経て、翻訳家に。主な訳書にM・ジュライ『いちばんここに似合う人』、L・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』。編訳書に『居心地の悪い部屋』他。著書に『気になる部分』、『ねにもつタイプ』がある。

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