『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』
花田菜々子(河出書房新社)
仕事もプライベートも上手くいかず、どん詰まり状態に陥った時にふと「出会い系サイト」に登録し、そこで出会った人に本をおすすめする……という“挑戦”を始めた女性書店員。とあるウェブマガジンに連載したその実話が、まさに“バズって”話題が話題を呼び、今年4月に書籍化されました。
SPBSでは、その『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(通称『であすす』)の著者・花田菜々子さんと、『であすす』のウェブ連載を担当した編集者・碇雪恵さんをゲストにお迎えして、店長・粕川ゆきを司会にトークショーを開催しました。
登壇した3名はそれぞれ、「仕事」「結婚」「やりがい」「転職」などに悩み、紆余曲折を経て、現在は「本」にまつわるプロとして仕事をしています。3人がそれぞれの人生の分岐点を振り返りつつ、参加者から寄せられた「お悩み」に合わせて、その人にすすめる本を紹介したトークの中から、いくつかの「お悩み」とおすすめの本を選りすぐってレポートします。
「お悩み」の言葉から、どんな本音や願望を読み取るのか? それに対してどんな回答(本)を繰り出すのか? 『であすす』を読んだ方も、読んでいない方も(とにかく悩んでいる、という方は特に)、ぜひご覧ください!
文・写真=SPBS編集部
みんなこんなに悩んでいる!
粕川:『であすす』の中に、「表には出てないけれど実は心の奥底で思っていたことが、涙と一緒に勝手にぼろぼろ口から出ちゃう」というコーチングを受けた時の話があるんですけど、そこで私、自分が昔悩んでいた時と同じだ!!! って衝撃を受けて、大号泣して鼻水垂らしながら読んだんです。
碇雪恵さん(左)・花田菜々子さん(中央)・粕川ゆき(右)
花田:大丈夫?(笑)でもそうなのよね。それまで私には悩みなんて、そんなにないと思っていたんだけど、一度出始めたら、出るわ出るわみたいな感じで。やっぱりそのときに根底にあったのは、仕事を辞めたいけど、辞めても今より状況がよくなるとは思えないっていう行き詰った感じなんだなって思いました。
粕川:そうそう。今回、せっかくの機会だから、参加者の方に「お悩み」を募集したら、たくさんいただいたんです。
花田:事前に読ませていただいたんですけど、「彼氏が欲しいんですけどできません」みたいなライトなものじゃなくて、仕事とか、これからの人生とか、やりがいとか、人との関係とか、皆さん本当にすごく真剣で。悩みをこんなに『であすす』に寄せてくれていいのか? って驚きました。
碇:普段、自分の弱さって、なかなかさらけ出せないじゃないですか。でも実はみんな同じような弱さを持ってるんだってことに、『であすす』を読んで気が付いて、触発されたんじゃないかなと思いますね。花田さんだって、ほんとうは書きたくなかったことも、勇気を出して書いてるから。
粕川:まさに自分が悩んでいることそのままだ、っていうお悩みもあって、私もびっくりしました。ではさっそく、一つ目からいきますね。
【お悩み1】「今、病気を患っていて死について真面目に考える機会ができました。死ぬまでにこれは絶対に読んでおけという1冊を教えていただきたいです。ジャンルは問いません。」
碇:私はこれ、「死について考える本」と、「死ぬまでに絶対読んで欲しい、どちゃくそ面白い本」の2冊選んでみました。
粕川:すごい!
碇:1冊目は、谷川俊太郎の『すてきなひとりぼっち』です。少し前に後輩の男の子と久しぶりに会ったんですけど、その時に彼が「僕は一人がだめなんです」とか「誰かいないと死んじゃう」みたいなことを言うんです。わたしにはその気持ちがあまりわからないし、ひとりの時間ってむしろ大事だよなぁと思いながらふと寄った本屋さんで手にしたのがこの本。直接的に死ぬこととかを書いているわけじゃないんですけど、「命」みたいなものをすごく感じさせるし、読んでいるとなにか大きなものに包まれているかのような安心感を覚えます。そしてもう1冊は、どちゃくそ大好きな本、谷崎潤一郎の『痴人の愛』。
花田:意外。ベタベタしてるの嫌なんですよね、とか言いそうなのに。
碇:いや、最高ですよ、これ。まじめな男が、カフェで働いている若い女・ナオミを「自分の嫁にする」って言って、最初はちょっと上の立場からナオミに接するんですよ。でもだんだん立場が変わってきて、どんどんナオミの虜になっちゃって。ナオミのじらしプレイとかも最高。
花田:最高に幸せだもんね、これ。
碇:そう。最高に幸せ。でも社会の幸せとは完全にズレちゃってるじゃないですか。「自分がナオミを飼っておくためならなんでもする。金だっていくらでも出すし」みたいなこととか。窮屈なものを突破する力って、意外とそういうところにあるんじゃないかなと思うんですよね。
花田:最終的に、愛されていないんだと気がついて可哀想な結末なんだけど、ある種二人で完結している世界というかね。
碇:もう二人がよければいいじゃんの極みがこの姿だなと思って。ぜひ死ぬまでに読んで欲しい。
花田:じゃあ次は私が。「死ぬまでに読んでおけ」な本は、その人を知らないと言えないと思っていて……。
碇:そうか……そうですね。
花田:お悩みをお聞きして、勝手ながらこの方には「死ぬまでにやりきりたい」みたいな気持ちがあるのかな、と思ったので、この『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』を。これは悩みを寄せてくれた方全員に超おすすめしたいんですけど、もう、むちゃくちゃとしか表現のしようがないパワフルな女の人の生き様の本なんですよ。
若い時から誰の言うことも聞かずにやりたいように生き、文章を書き、平塚らいてうの『青鞜社』に弟子入りもするんだけど、そこでもやりたい放題。もとあった家庭を捨て、既婚の大杉栄と恋愛をするのだけどもつれあって四角関係になったあげく奪い取ったり。もちろん非難されまくるのだけど全くめげない。何があろうが関係ないっていう感じで、ただひたすら突き進んでいくんですね。最終的には関東大震災の時のどさくさに紛れたスパイ容疑に掛けられて殺されてしまうんですけど……。
でも本当に生き切っているところにすごく背中を押される。生き方で迷っていたり、これで本当にいいのかなと感じていたり、私のしたいことは本当はこうなんだけど……って思っている人は、100分の1でいいので、このエッセンスを感じると、「伊藤野枝に比べれば全然たいしたことないな」って気持ちが楽になるはずです(笑)。
粕川:この本はSPBSにもあります。私は読んでないので読みたい。
花田:あともう1冊、今急にひらめいた、「死とか、病気とかがあっても、それでも生きる」という視点ですごくおすすめしたいのが、岩崎航の『点滴ポール 生き抜くという旗印』。幼い時からの障害で、人工呼吸器をつけ、介助を受けながら寝たきりで過ごしている人の詩集です。
「寝たきりになってまで/そこまでして生きていても/しかたがないだろ?/という貧しい発想を押しつけるのは/やめてくれないか」というような内容の詩があるんです。それを初めて読んだ時、ズドーンと雷に打たれた。自分は軽口で、「寝たきりになるくらいなら、もう早く死にたいよね」って言っていたなって。でも、障害を持ち続けて30年以上生きている人に「貧しい考えを押し付けるな」って言われて、土下座したくなった。なんて貧しいんだろう、私は、という気持ちになったんです。病気であっても、寝たきりでも、豊かな人生はいっぱいあるということに気づかせてくれたから、これは本当におすすめしたい1冊です。
やりたいことは見つかったけど、踏み出せない。
粕川:次は、私たちにだいぶ近いお悩みです。
【お悩み2】「今普通のOLをやっています。私は本がすごく好きだという思いがあるんですが、キャリアチェンジに踏ん切りがつけられないでいます。本屋に行ったり本に関わる話を聞く度に、ああ、私は絶対にこういうことがしたいのだと思うのに、会社に行くとそんな夢みたいなことを、現実見なさいよとも思って、まさに宙ぶらりんです」
花田:ひとつ言うと、私は別に、本屋は夢というわけじゃないです(笑)。
粕川:実は私もです。自分でお店を持ちたいと今は思ってない。でも、いま私がここSPBSでの仕事以外でやっている、お店の無い本屋「いか文庫」名義で、フリーペーパーで本を紹介したりとか、ツイッターで本の話をしたりとかだけでも、本屋として成り立ってるって思うんですよね。だから、そういうことから始めるのもいいんじゃないかなと思いました。
花田:書店員のバイトをしようとすると、手取りのお給料は月15万いくかどうかみたいな相場じゃないですか。でも、今の生活を捨てて苦しくなってまで書店員になったとしても、何か自分のやりたい仕事につながるのかというと結構微妙だし。それでも良いという意見もあるのもわかるけど。ただ、今は一箱古本市とか、週末だけ本屋さんをやるとか、自分なりの本屋がすごくやりやすくなっているし、ツイッター上だけの本屋として、専用アカウントを作って、屋号を名乗って、今日のおすすめとか、本の感想書くとかでも十分いいのかなと思うんですよね。
粕川:うんうん。そこから始めて、実際にリアル本屋さんになった方もいますよね。生活は大事なので、できることからちょっとずつ始めて、広げていくのがいいんじゃないかなと、すごく思います。
この流れで本も紹介しますけど……花田さんも編集をされている、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』という本を。リアル世界で本に関わる人たちが、自分の空想上の本屋さんを考えて物語にしている作品を集めた1冊で、奇想天外なものもあれば、これ本当にできるんじゃない? っていうものもあるんです。「夢みたいなことを……」って仰っているけど、そういう空想から始めるのって、それこそ一番楽しいことじゃないですか。これを読んだら、現実の本屋さんがこんなに面白いことを考えているんだっていうことがわかって、勇気やパワーになるんじゃないかなと思います。
碇:私も会社を辞めたとき、次に何をしようか、本屋か? 編集か? とかいろいろ考えたんですよね。いろいろ考えて「本じゃなくてもよくない?」と思った時もありました。
そんな時に自分にとってのヒントになったのがこの『わたしの小さな古本屋』っていう本です。岡山の倉敷にある「蟲文庫」っていう古本屋さんの店主、田中美穂さんという方の本。この方は21歳で会社を辞めていきなり古本屋を始めちゃう、すごく行動力がある方なんですけど、「たぶん人には自ら動き続けることでいろいろな事柄に出会うタイプと、じっとしていることで出会うタイプ、大まかにわけてこの二通りあるのではないかと思っています。もちろん私は後者」って書いてあったんですよ。それを読んだ時に、「あ、私は違うわ」って思ったんですよね。私はじっとしていられないから、じゃあ本屋じゃないなってそこで気が付きました。一口に本、といっても、いろんな関わり方があるなと思いますよね。
粕川:なるほどな~。
碇:あと、本業界ではないけれど、ライターのヨッピーさんの本『明日クビになっても大丈夫!』も紹介したい。
ヨッピーさんはしばらく、会社員をしながら文章を書いていたんですよね。「決意したら、全部辞めて次に向かうべきだ」みたいなことを言う人がいるけど、ヨッピーさんは「それは無責任だ」ってよく言われていて。ヨッピーさん自身が最初は仕事をしながら、あまりお金をもらえなくても、書きたいから書き始めて、徐々に書くことで食べていけるようになってきた人だから。
花田:この本は具体的に、副業でいくらぐらい稼げるようになったらこういうふうにシフトして……みたいな流れで書いていたのが良いよね。
「本当は○○の仕事をしたい」っていう人は、100か0で考えていることが多い気がする。それで言うと私がすすめたい本も似ていて……『私とは何か――「個人」から「分人」へ』っていう、小説家の平野啓一郎さんが書かれている本です。
自分の性格って、例えば会社にいる時と、恋人といる時と、友達といる時とで変わったりするじゃないですか。友達も、仕事の友達と地元の友達とではキャラが違ったり。それを活かして、例えば、会社でパワハラを受けまくって「自分には価値がない」って思っても、ネット上は人気者だったり、地元に帰ったらイキイキとしててモテキャラだったり。自分をいくつかに分けておくことでできるセーフティネットみたいなものを作ることで、一つがダメだと思っても生きて行ける。そういう考え方ができるようになる本です。
だから「本屋こそがやりたい仕事」とか「だから会社員をやっている私はだめ」とかじゃなくて、いろいろあっていいんじゃないかなと思ったので、読んでみて欲しいです。
何のため、誰のために、がんばるのか?
粕川:じゃあ最後にもう一つ。読ませていただきます。
【お悩み3】「人生の底辺から抜け出すための1冊を、花田さんにおすすめいただけたら嬉しいです。現在、アラフォーの独身です。20代からプライベートよりも仕事を最優先にして取り組んできました。そのために恋人や友達をなくしました。後悔はないと自分に言い聞かせながら、努力が報われる達成感や、成功の喜びもそれなりに味わって順調にやっていましたが、40歳を目前に突然ガス欠になってしまいました。原因は子どもを産むためのタイムリミットに対して、これまでにない焦りを覚えるようになったことと、20代の頃に抱いていた仕事の目標を達成したものの、次のステージのビジョンやモチベーションが見出だせないでいることへの焦りで、かつてのように仕事に没頭することができなくなってしまったためです。今までの選択は間違いだったのかとふと気づくと滅入ってしまう日々です。(中略)心さえ決められればと思うのですが、毎朝気力が湧かずにベッドから動けず、出社拒否してしまう日もあります。決断を先送りにして自己嫌悪という不毛な日々にさよならするための1冊に出会えたらと思っています」
花田:自分にとって大事なものと、社会のものさしとがごちゃごちゃになってしまってるのかなって思いました。子どもが欲しいからとか、仕事が好きだからというよりは、世間の一般的な価値観に対してモヤモヤっとしているような感じがする。子どもがすごく欲しいんだったら、そう言ってもいいと思いますし、それが養子でもいいのか、それとも好きな人との子どもにこだわっているのか、答えはご本人じゃないとわからないと思うので、そこは悩み切った方がいいんじゃないかなとも思います。例えば、養子縁組の支援センターとかに行ってみて気持ちが動くかどうか確かめるっていうことも一つの手なんじゃないかと。
碇:なるほど、たしかに。
花田:友達の幸せそうな家族を見て感じる、なんとなくの「いいな」だと、何に対しての「いいな」なのかが、ぼやけてしまったりすることもありますよね。自分も妹のリア充家族を見ていると「いいな」と思うけど、別にそうなりたいとは思わない。まずはそこの整理をするのがよいのかなと思いました。
そんな私なりの分析からおすすめしたい本は、作家・車谷長吉さんが人生相談として受けたものをまとめた『車谷長吉の人生相談 人生の救い』という本です。例えば、高校教師からの「女子高生を好きになってしまいました。家庭もあり、このままいけば身の破滅です。でも、気にしないようにしていても、好きになってしまいます。どうしたらいいでしょう」という質問に対して、車谷さんは「いったん、身を滅ぼしなさい。そこから始まります」っていう回答をするんですよ(笑)。
碇:おお~。いいですね~(笑)。
花田:「家庭も仕事も全て失ったところから、本当の人生が始まるのです」って。
碇:くぅ〜(笑)。
花田:この質問をくださった方も、底をつきつつあるのかなと感じました。これまでの人生が間違っていたとか、ムダだったとかではなくて、たぶんその10年20年は充実していた。でも、今になってやっぱり違う生き方をしたいと思っているなら、別に今から違う生き方をしても全然いいような気もするんですよね。
車谷さんは、ご自分の人生もすごいんですよ。重病を患っていて、借金して、何回も旦那さんがいる人と恋に落ちて大事件になって……とにかく人生でいろいろなことがあったからこその回答なんです。だから、甘っちょろい質問するとバシッ! と、自分が言われたような気持ちになるので、ぜひおすすめしたいです。
粕川:目が覚める感じなんですね。それは気になる。
花田:あと、勝手な推測なのですが、けっこう気持ちがご自身のことだけに向いているのかなと思ったから持ってきた本がこれ、『おもかげ復元師』。2011年の東日本大震災の時、津波でめちゃくちゃになった遺体を復元して、きれいな顔の状態に戻して家族と対面させる仕事をしていた方の本です。普段は交通事故とかの遺体の復元をしていた方なんだけど、あの時にボランティアで現地に行って、大量の、それこそ虫がわいていたりとか、元の形がなくなっている死体を集めて復元していた時の記録なんですけど、号泣せずには読めない本です。
実際、そこまでするのか……って思うくらいのハードなお仕事なんだけど、この方は、遺族と最後の幸せなお別れをちゃんとして欲しいっていう情熱があふれすぎて、ウジが嫌だとか、気持ち悪いみたいな邪念が一切なくて、本当に仏のようで。いろんな遺体に対面し続けて、自分の心のバランスを崩してしまったりもするんだけど、それは仕事が嫌だとかではなくて、こんなにもたくさんの罪のない人の命が失われていくということに対しての、憤りみたいなものからの影響なんですよね。
こういう、なにか人のために自分ががんばるっていう視点を持つことが、もしかすると、このお悩みをくださった方の次のステップになるんじゃないかなと直感したので、これをお勧めしたいなと思いました。
粕川:たしかに、自分が何のためにがんばるのか? って、がんばりすぎると見失うことって多い気がします。だから、この本を読んだら思い直せるのかなと思いました。モチベーションとか気持ちとかって、どこに向かうのかによって本当に変わってくるから。
碇:「利他」って言葉では簡単に言えるけど、がんばりの方向性を間違うと「執着」になることもありますよね。実際はすごいエゴなのに、あなたのためとか言っちゃうみたいな。でも利他なんて本当はなかなかできないし、「褒められたい」「評価されたい」みたいな自意識から、どうやって抜け出すか、というのが大事な時もありますよね。
粕川:『であすす』の中でも、「私がこんなにがんばって本を選んであげているのに、っていう気持ちになりかけたことがあった」という箇所があったじゃないですか。こんなにやってあげたのになんでそんなに返してくれないの? みたいなことを思い始めると、どんどん悪循環になっちゃうこと、実際によくあるよなって。
花田:人の幸せを願うことを自分の最終的な目標にするのって、うまく素直に実践するのは難しいと思うんだけど、そういうルートができると、少し生きやすくなるんじゃないかなぁと。つまずいたところから起き上がれるきっかけって、実は自分の満足のために何かすることじゃなくて、他者とか、自分の外に気持ちが向かうことなのかなと、思ったりもします。
碇:私も、このお悩みを読ませていただいて思ったのは、この方は今まで、目標とかステージとか達成感とか、どこか行くべきところをセットして、そこに向かう! みたいなことをずっとされてきたんじゃないかなということです。たぶんすごくがんばれて、馬力がある方なんじゃないかなと。私はそういうがんばり方ができないから、すごいなと思う一方で、自分自身のことをないがしろにしてはないか? ってすごく心配になります。おすすめの本を読むより、山に行くとか、花を飾るとか、アロマとかが必要なんじゃないかと。
粕川:私もよく言われます。碇さんに(笑)。
花田:(笑)。
碇:その流れで紹介したいのが……phaさんの『持たない幸福論』っていう本です。
phaさんは、京都大学を卒業してからしばらく会社勤めをしてたんですけど、もう無理だと思って辞めて、そこからはニートしたり、文章を書いたりしている方です。そのphaさんによる、なぜ苦しくなるのか? という理由。それはたとえば、仕事はしっかりやらないといけないとか、大学新卒で正社員で就職しないと苦労するぞとか、何歳までに結婚して何歳までに子ども作らないと負け組だとか、社会のいろんな“あるべき姿”を全部実現できる人って実はいないんじゃないか、ということとか、昔からの理想像や価値観が、時代は変わっているのにそのまま残っているせいで、いまでは誰も達成できないものになってしまって、みんながそのギャップに苦しい思いをしているんじゃないか、ということだそうなんですね。だから、仕事とか、恋愛とか、人間関係とか、すべてを「がんばらないといけない」っていうこと自体を、疑って生きていけばいいんじゃないか、って。
じゃあ逆に何を大事にするかというと、「一人で孤立せずに社会や他人とのつながりを持ち続けることとか、自分が何を好きか、何をしている時に一番充実や幸せを感じられるかをちゃんと把握することの二つだと僕は思う」って書いているんですよね。私も、そういう根本的なところを見つめる時間をもっと持ったらいいよねって、思いながら読みました。
粕川:なるほどなぁ。でも、そうは言ってもやっぱり私はまだ、仕事をがんばるのか? それとも結婚したいのか? とか、いろんな気持ちに揺れ続けているんですけど、そんな時に、花田さんに『小泉放談』という本を勧められたんです。女優の小泉今日子さんが50歳になったタイミングで、自分よりちょっと年上の、いろんな職業のお姉さま方とした対談をまとめた1冊。
これを読んでいたら、「自分よりもさらに年上のお姉さま方たちが、こんなに楽しそうにしてる!」ってうれしくなって、まだまだ楽しいことが待っているなら、大丈夫じゃないか、自分! ってちょっと勇気が出たというか(笑)。会話のノリの良さとかも含めてすごく気楽に読めたし、自分の気持ちも軽くなっていい本だなと思ったのでぜひ紹介したいです。たくさんのお姉さんが出てくるから、気になった人のところだけ読むっていうのも、気軽に読めていいんじゃないかなと思います。
みんなの背中を押せる本になったのなら、とてもうれしい。
花田:この『であすす』は、連載のときからずっと、私としては面白おかしく、自分のことを赤裸々に書いていけばいいかと思ってたんですよね。でも、粕川さんが「読む度に号泣してます」ってツイートするんです(笑)。その後も、「働き方とか結婚、出産のことに悩んでいたので、勇気をもらいました」みたいなコメントとか感想をいただくことがすごく多くて、ありがたいと共に「え、そんなにみんな悩んでるの……?」みたいな(笑)。
でもそれで、その悩んでいる人たちに受け入れていただけたことが本当にうれしかったし、自分もその感想を読みながらまた泣くっていうのの繰り返しで……(笑)。
粕川:みんなが泣きながら作った本(笑)。
碇:この『であすす』の中にも、webの連載を読んで花田さんに会いに来てくれた人の話があるけど、出版されてから本を読んで、実際に来てくれた方もいたんですよね?
花田:そうそう。名古屋から、今働いているお店に来てくれた方がいました。『であすす』を読んで、その行動力に背中を押されて自分も会いに行かなきゃって思って、会いに来てくれたんだって。
粕川:私も今まであまり自覚してなかったけど、この『であすす』を読んで、自分もひとりぼっちだったわけじゃなく、いろんなものとか人に背中を押されてがんばってこれたんだなって改めて気づかされた一人です。
碇:がんばれ店長~!(笑)
花田:たくさんの人のきっかけになっているのかなと思うと、すごくうれしいです。
粕川:私も、まだまだたくさんの人に読んで欲しいです!今日はありがとうございました!
<プロフィール>
碇雪恵(いかり・ゆきえ)さん
1983年、北海道生まれ。新卒で日本出版販売に入社し、9年勤めたのち退社。イベント時は出版社で記者職に就いていたが、この6月より、出版社「タバブックス」に勤務。2017年8月に立ち上げた独立系ウェブマガジン「WEBmagazine温度」編集長としても活動している。
粕川ゆき(かすかわ・ゆき)
1978年、山形県生まれ。SPBS本店店長。大手スポーツメーカー、「ヴィレッジヴァンガード」勤務を経て、2012年SPBSにアルバイトとして入社。2017年3月より店長に就任。書籍、雑貨のセレクトのほか、フェアやイベント企画など、店舗全体の運営に携わる。実店舗の無い“エア本屋”「いか文庫」の店主としても活動中。
花田菜々子(はなだ・ななこ)さん
1979年、東京都生まれ。書籍と雑貨の店「ヴィレッジヴァンガード」に12年ほど勤めたのち、「二子玉川蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長を経て、現在は「HMV & BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長を務める。編著書に『まだまだ知らない夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。