左から、岡本仁さん、佐内正史さん
編集者の岡本仁さんが、プロの写真家に公開インタビューをする企画「Talkinbout photography(誰でも撮れて誰でも発信できる時代の写真論)」。SPBS本店で、約1年半振りに本イベントを開催しました。第7回目のゲストは今年3月にインスタグラムを始め、写真集『銀河』を刊行された、写真家・佐内正史さん。
誰もがスマートフォンで写真を撮り、インスタにアップする時代。プロの写真家は、インスタに何を思うのでしょうか?
佐内さんのピュアで独特な感性が炸裂した、笑いと尊敬と愛おしさの溢れるトークの様子を、少しだけお裾分けします。
文=西村華子(SPBSインターン)
写真=SPBS編集部
インスタ画面の「黒い四角い枠」というモンスターの前に、ミジンコになってしまった写真家
岡本:本イベントシリーズは、前回から1年半ぐらい空いてしまいました。元々インスタをやっている写真家に声をかけてきたのですが、自分の仕事のポートフォリオとして使う写真家が増えてきて、「インスタって何だ?」と改めて考えるうちに、あまり前向きな気持ちになれなくなってしまって。
まさか、佐内さんがインスタとかやるわけないし、と思ってたいのが、この3月ぐらいで、僕が自分のインスタで浜松からポストしたら、佐内さんからコメントが入ったんです。偽物? って一瞬思ったんだけど、見てみたらちゃんと本人がやっていました。
佐内:そうですね。3月に最初1枚だけインスタやってみようと思ってアップしたんです。そっから1カ月ぐらいやめまして、4月の半ばぐらいから、またアップし始めたんですね。だからインスタを始めてからは3カ月ぐらいですかね。
岡本:どうして、インスタグラムを始めたのですか。
佐内:携帯を買いまして、iPhoneⅩ。それまでは、ドラクエ専用携帯みたいなの持ってたんですけど、あんまり携帯やってなかったんですね。それで、よく分からないんですけど、最初の3日ぐらいで何となく始めました。だけど、やっていて、なんか分からないなって。
岡本:分かったのではなく、分からなくなった?
佐内:分からなくなった。インスタ画面の四角い暗い正方形の中に入っていっちゃって、これは少し怖いなって思って、インスタに「インスタグラム?」ってアップしました。
佐内:多分自分、ドラクエで言ったらレベル1、2ぐらいなんですけど、岡本さんとかはレベル90ぐらい? ドラクエの場合も一緒だけど、インスタも、上のレベルの人といると色々教えてもらえて楽しいんです。だけど、自分はレベルが低いもんですから、最初のその敵というか、最初の壁みたいな四角い真っ黒いモンスターに遭って、そっからミジンコみたいになったんです。
岡本:ミジンコ?
佐内:あのミドリムシとか、ああいう微生物。
岡本:自分が?
佐内:うん。微生物になった。それで、嗅いだことないじゃないですか、微生物の匂いって。だから、分からなくなった。だけど、そっからね、復活するんですよ、1日で。その次の写真の緑色のやつですね。これは「微生物の匂い」っていうタイトルにしまして……。
岡本:そうそう、このポスト、何だろうと思ってました。それで「微生物」ですか。
佐内:それ、あの黒い四角いモンスターの中に見つけた手がかりなんですね。最初の壁を攻略するための手がかりが見つかったんです。インスタには目に見えないなにかすごいものがあるんじゃないかなって思います。
岡本:手がかりを発見して復活する前は、どんな感じでやってたんですか。
佐内:ドラクエと一緒で、始めたばっかりの時は楽しくやってたんですけど、最初の暗い正方形の枠という敵ですね。これを攻略をしないと突破できないなっていうところにきて、分からなくなりました。写真って普通は見えてるものを写しますけど、自分の中では見えてないものを写すっていうのが前提にあります。それで、インスタは写真ではなくて、ゲームみたいにやってたんですけど、あるところから“写真”になっちゃったなって思って、遊べなくなっちゃいました。
岡本:ちょっと意外な話でした。僕は逆に、自分がインスタをやるようになってから、初めて写真のことを真剣に考えるようになりました。アプリ上ですけど、トリミングだったり、見栄えの加工とかを、写真家の人はいつもこんな風にしてたんだって思いながらやってました。だけど、段々「これって写真じゃないんじゃないの?」みたいな気持ちになってきて……。
佐内:多分それは「レベル90」の壁ですね。
岡本:壁? なるほど。
佐内:自分は、「レベル1」の最初の壁で「インスタグラムは写真じゃないな」って気づきました。それで、これは本当に写真をやらなきゃ、ダメだって感じになったんです。写真をやってから、あそこの四角い真っ黒いスクエアの画面に突入しないと、やられるなって。
岡本:それは、試されたんですか?
佐内:うん。寝れない(笑)。インスタしか頭にない。もう昔からずっと、朝起きたらすぐ写真のことを考えて、夢でも写真の枠が出るんですね。畳見ても、四角いものはみんな枠。その枠からどうしたら逃れられるか、ってことをずっとやってるんですけど、最近、インスタも枠だなっていうのがわかって、その枠をどうやってねじらせようかって、この3日間、朝起きてからずっとインスタのことしか考えてない(笑)。
岡本:にわかに信じられないことなんですけど(笑)
佐内:今日はどうしたらいいのか、毎日が冒険ですね。インスタグラム・クエスト、冒険。そこの迷宮みたいなところでちょっと冒険してみようかなって今は思ってます。
写真と言葉
岡本:自分のイメージする佐内さんは「言葉で説明できないから、写真を撮るんだ」っていうタイプの人なのかと思ってたんですけど、随分違っていました。
佐内:写真見て言葉を考えたりはしてます。そうですね、言葉はなんか大事なシーンですよね。
岡本:僕、本当に佐内さんの言葉が面白いと感じながらインスタを遡ってずっと見てたんです。それでもっと話してみたいなと思いました。
佐内:さっきアップしたんですけど、「チュンチュン チュンチュン やっています」ってやつ。自分で駐車場に水たまりを朝作ってるんです。そうすると暑いからスズメが水浴びしに来るんですけど、その様子をちょっと「チュンチュン チュンチュン やっています」って言葉にしました。
岡本:ロマンチックじゃないですか!!!
佐内:「チュンチュン チュンチュン やっています」っていうのは、写真と言葉が重なって、写真がちょっと違う他のエネルギー体に変わることなんです。文字はずーっと書いていこうと思っています。言葉を書くってことは人との反射なんで。言葉が反射して、謎の発光体になる。岡本さんの言葉も読んでますよ。時々。
岡本:いや〜、やっぱり、写真は言葉と共にあるのが、結構意味がありますね。
好きじゃない写真を、他人に“ログイン”して選ぶ
佐内:自分の場合は、いろんな人に“ログイン” して写真を選びます。お母さんの目線になってみたりとかね。
岡本:“ログイン” ?
佐内:うん。そうすると、「佐内さん」だと選ばない写真、あるじゃない。自分が「わあ、この写真、ダサ!」っていう写真も、お母さんになると「正史、こういう写真がいいんじゃないの?」って気持ちになって、「そうか。」ってなる。それから、自分にログインし直すと、なんでこの写真選んだかわかんなくなるんだけど。
岡本:でも、それはそのままでいい。
佐内:そうです、そのままでいいんです。だから、写真集を作るときも、インスタも、いろんな人にログインして選んでますね。全然俺好きじゃないんだけど、っていう写真も、そうすると選べるんです。今度『銀河』っていう写真集を出したんですけど、あれには自分が好きな写真は2枚しか入ってないです。あとはみんな、違う人が好きな写真が入ってるんですね。いろんな人の扉が開いてる感じになってて、構成も、銀河で繋がってるような感じになってます。
岡本さん、バッチリですよね
佐内:「レベル90」の岡本さんのインスタ、わーっといっぱい見ると、そっから岡本さんのことを知れるんですよね、仕事してた4年間ほとんどしゃべってないのに。どうやって色を調整してるのかなとか、料理の写真が全部美味しそうなんだけど、とか独り言でこうやってやってるんですね(笑)。あと風景も、「使い途がない写真」ってあるじゃないですか。あれもすごく上手くて、結構バッチリですよね。
岡本:何がバッチリなんですか(笑)。
岡本さんのインスタグラムより、おいしそうな食べ物の1枚
岡本さんのインスタグラムより、「#使い途のない写真考」の1枚
佐内:ちょっと引いて撮るんじゃなくて、ちょっと踏み込むんでもなくて、その中間ぐらいで全部撮ってるんですよね。自分は写真家なので、一歩踏み込んでファンタジーにしようと思ってて。ちょっと引いてファンタジーにするのは結構簡単なんだけど、ちょっと寄ってファンタジーにしていかなきゃいけない。岡本さんは、やっぱりそこの中間で全部撮ってるなって思って。引いてないんですよ。
岡本:自分では相当引いているような気がしてました。
佐内:引いてないけど、寄ってもいない、その辺すごい“リラックス感”というか、”岡本さん感”があって。なんか、ごはんとか連れてってもらいたいなとか、いつも思うんですよね。
岡本:(笑)
佐内:自分がサナコだったら、岡本さん結構好きかも。
岡本:(爆笑)
インスタグラムとの付き合い方
岡本:僕が面白いなと思ったのは、写真家の方のインスタグラムって、写真は写真、インスタはインスタっていう感じなんだけど、佐内さんのインスタは、今までの色んな写真家の方と全然違うんだなあと思ったんです。写真とは違うけれども、四角い暗い闇を新しい何かとして、どうにかしたいって考えているところが面白い。最近、広告やストーリー機能でインスタグラムに白けてたんだけど、こういう思いもしない人が現れて面白いです。
佐内:それはやっぱ運営に対しての白け、社会に対して、世界に対しての白けってことかな。
岡本:そうですね。自分が楽しんでた楽しみ方でみんなやってたわけじゃなかったんだなって、ちょっとがっかりした。
佐内正史さんウェブサイトより。最新刊『銀河』
佐内:他の人のこと?
岡本:そうですね。もちろんその中には相変わらず好きなポストをしてくれる人はたくさんいるんです。だけど、自分の中ではここにはすごいものがありそうって思える感じに、まだ進んでいないんだと思います。
佐内:なんでそういうことになるんでしょうね。だからミジンコの思想が出てきたけど、やっぱりそこには強大ななにか闇が潜むんですね。
岡本:そうです。ずるいし。だから、だったらやめればいいじゃんって、自分でも思うんだけどやめないのは、実は僕もちゃんと戦ってんだなと。
佐内:戦ってる。
岡本:そっちの方向には行ってほしくないから、僕はこういう風に使いますっていうのを、やり続けないとダメだなって思ってるのかな。
<プロフィール>
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岡本仁(おかもと・ひとし)さん
編集者。北海道夕張市生まれ。マガジンハウスで『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わった後、ランドスケーププロダクツに入社。同社の「カタチのないもの担当」として、コンセプトメイクやブランディング、書籍制作、雑誌連載など、活動の幅を拡張し続けている。著書に『今日の買い物』(プチグラパブリッシング)、『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』(ともにランドスケーププロダクツ)、『果てしのない本の話』(本の雑誌社)など。Instagram:@manincafe
佐内正史(さない・まさふみ)さん
写真家。1968年静岡県生まれ。95年度写真新世紀優秀賞受賞。写真集『生きている』(青幻舎/1997年)で鮮烈なデビューを果たす。03年私家版『MAP』(佐内事務所/2002年)で木村伊兵衛写真賞を受賞。08年に独自レーベル「対照」を立ち上げて私家版写真集を発表し続けている。Instagram:@sanaimasafumi