左から、大原大次郎さん、角張渉さん、イベント後半でライブを披露したカクバリズム所属アーティストのmei eharaさん
YOUR SONG IS GOOD、cero、二階堂和美、キセル、在日ファンクなどのアーティストを擁し、日本のミュージックシーンに強烈なインパクトを残し続けてきたインディペンデント音楽レーベル〈カクバリズム〉。代表の角張渉さんがレーベルの15年の歩みを綴った本、『衣・食・住・音 音楽仕事を続けて生きるには』の刊行を記念し、SPBSでトークイベントを開催しました。テーマは「好きなことを仕事にするのは、賛成ですか? 反対ですか?」。
角張さんが音楽へのひたむきな情熱とともに歩んできた15年を、レーベルのアーティストのグラフィックデザインを多数手がけてきた盟友、デザイナーの大原大次郎さんと共に振り返ります。
※本記事は、2018年7月30日にSPBS本店で開催されたトークイベントの一部より構成したものです。
文=清藤千秋(SPBS)
写真=SPBS編集部
「全部自分たちでやっちゃおうよ」
角張:みなさんこんばんは。本日は「好きなことを仕事にするのは、賛成ですか、反対ですか」というテーマでお話ししたいと思います。
大原:「盟友」って……僕は友達だと思ってもらってるんですね(笑)
角張:当たり前じゃないですか?(笑) 僕はほんとうに友達が少なくて、あなたと大関*1と、伊賀大介*2と庄司信也*3と……小辻*4くんと聖太さん*5……うーん、6、7人とかじゃない?(笑) モーリス*6とかは仕事仲間だしね。
大原くんと僕は同級生なんです。1978年、昭和53年生まれ。僕らが出会ったのは2006年でしたが、その時大原くんはデザイナーとしてはどんなキャリアの段階だったの?
大原:キャリアというか……フリーランスで、一応、食べられないなりにはギリギリ生活してました。
角張:「食べられないなりにはギリギリ」ってどういうこと?(笑)
大原:なんというか、高望みしないレベルの最低限の生活、っていうのは一応デザインでやれてた、みたいな。
角張:なるほど。月に15万くらい、30万くらい入ってくる月もあれば、全然ダメなときもある、みたいなムラがあったってことね。大原くんは武蔵野美術大学を卒業してそのままフリーランスになったんだよね。
大原:そうです、グラフィックのデザイン料の相場も勉強しながら覚えました。カクバリズムでの初仕事は、SAKEROCKのDVDの画面に入るテロップの作成でした。
*1 大関泰幸。映像ディレクター。『バクマン』(2015年)、『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(2017年)などを手がける。
*2 スタイリスト。96年より熊谷隆志氏に師事後、99年、22歳でスタイリストとしての活動開始。雑誌、広告、音楽家、映画、演劇、その他幅広いフィールドで活躍中。
*3 クリエイティブディレクター。outh Records兼factory1994主宰。1978年生まれ。2005年にYouth Records設立、2010年にクリエイティブ スタジオ FACTORY 1994設立。現在はCDジャケットのディレクション、PV等の映像ディレクション他、フォトグラフ、DJ、選曲、イベント・オーガナイズ、執筆業等をこなす傍ら、BAR天竺の運営も行っている。
*4 小辻雅史。グラフィックデザイナー。
*5 山岸聖太。映像ディレクター。SAKEROCKの一連のDVD、星野源の映像作品などの映像演出や連続ドラマ『忘却のサチコ』の監督などを務める。
*6 YOUR SONG IS GOODのギタリスト・吉澤“モーリス”成友。
SAKEROCKのDVD、「ぐうぜんのきろく」のために大原さんが作成したテロップのデザイン
角張:「ぐうぜんのきろく」*7ですね。そういえば、当時の僕は「デザイナー」と「イラストレーター」の違いがあんまりわかってませんでした。たとえば、モーリスはイラストレーターなんですけど、Tシャツの絵を描いてそれをレイアウトして入稿データまでつくれるっていう、「デザイン」の領域の仕事もやってしまうんです。それが一番最初で、当時は当たり前だったから、違いがわからなかった(笑)。
大原:「全部自分たちでやっちゃおうよ」っていう感覚ですね。僕はそういうの好きです。
角張:大原くんも当たり前のようにどっちもやるじゃないですか。それが原因で、その後、僕はデザイナーさんにイラストレーターっぽい仕事を期待して大事故になったことがありました(笑)。
大原:ごっちゃでいいんですよ。僕はそういう感覚の中で働いて、だいぶ揉まれました。
角張:発注される側からしたらひどいクライアントですけどね(笑)。大原くんに初めて依頼したときは、アイデア自体は自分たちで持っていたんですけど、こちらの予想をはるかに超えてきたから、SAKEROCKのメンバーも俺も、すごく喜んだ記憶があります。
大原:当時、僕がカクバリズムのお仕事をするようになって、一番衝撃を受けたのが、角張さんの「CDジャケットが一番目に触れるし大事な『作品』なのはもちろんなんだけど、一方で、一番お客さんとコミュニケーションをとる上で大切にしているのはむしろ『Tシャツ』」っていう言葉でした。
角張:言いましたね。すごいこと言ってますね(笑)
大原:今もその言葉は心に残ってます。つまり、CDのジャケットって、気合い入れて準備もして、予算立てて、撮影して、デザインして……気張りすぎて、その分削ぎ落としちゃって硬くなってしまう可能性があるんですよね。
角張:そう、ジャケットってずっと残るものじゃないですか。何年後に見てもダサくならないように、時代性のないものをつくることが先行して、あんまり良くないんだけどちょっと保守的なマインドになりがちなんだよね。
でもTシャツって、その都度その都度、お客さんの反応がわかる。「最近すごい評判いいな」「あ、これ売れるんだ」みたいな。
大原くんのデザインでもさ、すごくふざけてておもしろいやつとかあったじゃん、もちろんふざけてはないんだけど(笑)。いろいろ試せたんだよね。
大原:グッズですごく鍛えられました。グッズが主戦場でしたからね。
角張:信じられないくらいつくってたよね! うちのアーティストってアルバム出すのが2年に1回とかなんですけど、Tシャツはその当時2ヶ月に2〜3種類くらいつくってたでしょ(笑)。
*7 2005年にリリースされたDVD。1stアルバム「LIFE CYCLE」を引っ提げてのツアーの模様やオフショットなどを収録した作品。
カクバリズムの仕事の流儀
大原:カクバリズムの仕事の仕方って、やっぱり独特だと思いますね。この本にも「リリースとリリースの間にすることが全て」っていう章がありますが、つまり、制作する過程において、通常は「完成」がゴールなんだけど、角張さんは常に「完成」の前後にいる。
『衣・食・住・音 音楽仕事を続けて生きるには』(角張渉、2018年、リトルモア)
角張:そうだね。
大原:僕はそれを、ものづくりにおいてかなり見逃しがちなんです。たとえば、本のデザインの仕事だと、本が完成したらそれがゴールだと思ってしまう。
でも、本当は本になって書店に置かれた後にどういう風に届いていったか、どう読まれたか、というところまで含めてじゃないかと思っていて。デザイナーはどうしても外側をつくる部分にしか立ち会えないから……。
角張さんがやっている仕事の立ち居振る舞いは、いろんな業種に応用できるんじゃないかな、と思うことがあります。
角張:みんな外部に発注するし、分担していくからね。でも、外部の人たちは責任を持ってくれるわけではないし、こちらも負わせるわけにはいかないから、外部に仕事を振りすぎると形がブレてくる気もしていたんですよ。
だから、自分で責任を持ってトライ&エラーを繰り返すのが面白い働き方で、でも同時に、最初から最後までサボれないし、ミスしたら全部自分に降りかかってくるから苦しくもある。全部自分たちでやろうとする。
自分たちでやろうとするのは思考としてはシンプルだからわかりやすいし、実はやりやすい。本当は外部の方ともっとうまい組み方があって。それこそ適材適所。その適材適所に組むってのがたぶん、仕事がうまい人。僕らはそれをうまく考えられてないのかもしれない。
で、大原くんはその適材適所を超えちゃう思考の人だからだね(笑)。だから面白いし、たくさん仕事する。要はもう外部じゃないわけ(笑)。
たとえば、うちでmei eharaや思い出野郎Aチーム、VIDEOTAPEMUSICを担当しているスタッフの仲原(達彦)くんなんて、ほとんど自分でできる人。
好きなことを仕事にするには、自分でリスクを背負って、自分でやれるようにするのが一番いいですよ。たとえるなら、「自転車のフレームもつくれて、パンクも直せて、販売もできて、乗れて、タイムも出せる自転車屋さん」みたいな。良いか悪いかは置いておいて。
それから、レイモンド・マンゴーの『就職しないで生きるには』(1998年、晶文社)ってあるでしょ。その中に出てくる人たちは好きなことを仕事にしているんだけど、めちゃくちゃ働いて、アイデア出して、細かいところまで全部自分でやる。それで初めて、好きなことで食える。
だから、好きなことを仕事にするというのは、自分でどれだけリスク背負ってやれるかってこと。
でも、僕は最近はそれがねえ……ほんとしんどいんですよね。限界(笑)。
大原:だから「賛成か、反対か」なんですよね。
角張:そう。限界があるんです。
『就職しないで生きるには』(レイモンド・マンゴー、1998年、晶文社)
嫌いになったらやめればいい
角張:この前とある所属アーティストの新曲のデモが送られてきて、夜中、家に帰っている途中にそのデモを聞いたらすごくかっこよくて、皆さんに届けるのが本当に楽しみなんですけど、そういうときに「まだレーベルやれるな!!」って思いますね。だから、最近は、新しいアーティストやバンドを探しに行きながらも、今、所属してくれているみんなの新しい音楽が聞きたいから明日も頑張ろう、みたいなモチベーションがあります。
それでいうと、これからは仲原くんみたいな若いスタッフに、「社長! このバンド、なんとしてでもウチでやりたいんです!!」っていうのをやってほしいですね。僕は30代後半から40代くらいのバンドとかっこいいものをつくっていきたい。ただ、出たがりだから、スタッフのいいとこ取りしちゃうっていうのもありますけどね(笑)。
大原:逹くん(仲原)にちょっと聞いてみたほうがいいのかな?
角張:仲原くんはうちの社員の中でもちょっと特殊なんですよね。(カクバリズムの所属ではない)「ミツメ」*8のPVの監督なんかもやってます。僕のいいとこ取りについてはどう思ってんの?(脇で聞いていた仲原さんに話を振る)
仲原:いいとこ取り?(笑) というか、「カクバリズム」って名前なぐらいだから、角張さんの力を借りたくてやっている、という面もありますね。だから、いいとこ取りしてもらって全然大丈夫なんですよね。逆に、カクバリズムに入ったからといってみんながみんな良くなるわけじゃない、っていうのもあると思っています。合う、合わないがわかりやすいというか。それが「カクバリズムっぽさ」だと思うんですが。
大原:ちょっとわかります。ところで、逹くんがカクバリズム入ったのって、僕は結構衝撃でした。
角張:僕はもっと前に入ってほしかったの。4年くらい前? 大学卒業とともに入ってほしかったんだけど、入ってくんなかったの。そしたら他のレーベルに行って経験積んでいてくれたんですよね……。
仲原:誘ってもらえなかったので(笑)。……というのもあるんですが、レーベルの仕事を何も経験しない状態で入ると、「角張カラー」に染まりすぎちゃう気がしていて、いろいろ経験してからのほうがいいだろうなと思って。僕の場合は、「好きなことを仕事にした」っていうよりかは、「好きなことをし続けていたら仕事になった」みたいな感じですね。いつか嫌いになるかもしれないですし、嫌いになったら辞めて、また別の好きなことを続けて仕事にするだろうし。
*8 東京都を中心に活動する日本のインディー・ロックバンド。 スカート、トリプルファイヤーと共に東京インディー三銃士と呼ばれている。
角張:そう! そうなのよ。「好きなことを仕事にする」って言っても、別に嫌いになったらやめればいいわけだからね。みんな、長く続けようと思いすぎるのかもしれない。もちろん「since」とかつけたい気持ちもわかるし、うちも「since2002」とか入れちゃってるけど(笑)、でも別に言わなくてもいいことだよね。
たとえば、経歴がころころ変わると履歴書が汚くなるとかいう人がいるけど、そんなことないですよ。「違うな」と思ったらやめればいいんです。やめちゃったとしても、「好きなこと数年やって……」っていうのは胸張っていいことだと思いますよ。大原くんはどうですか? 好きなことを仕事にするって。
大原:そりゃあ僕は賛成ですよ。
角張:そうだよね。好きなことを仕事にすると、しんどくなってしまう瞬間もやっぱりあって、逃げ場がなくて、僕も、好きなのに音楽が聴けなくなってしまうときもある。
でも、僕は音楽から派生して、いろんな体験をしてきたことで、なんとかここまでやってこれたなと思います。YOUR SONG IS GOODに初めてFUJIROCKにつれてってもらったり、SAKEROCKが映画音楽、舞台音楽をつくるのに立ち会ったり。
好きなことを仕事にするには、確かにがむしゃらにやらなきゃいけない、でも、「好きなこと」がいろいろなものに派生しながら、形を変えていく様子を楽しめるのも大事なことだと思いますね。
<プロフィール>
大原大次郎(おおはら・だいじろう)さん
1978年神奈川県生まれ。グラフィックデザイン、音楽、書籍、展覧会やワークショップなどを通して、言葉や文字の新たな知覚を探るプロジェクトを積極的に展開する。近年のプロジェクトには、重力を主題としたモビールのタイポグラフィ〈もじゅうりょく〉、登山図とホンマタカシによる山岳写真を再構築したグラフィック連作〈稜線〉、音楽家・蓮沼執太、イルリメと共に構成する音声記述パフォーマンス〈TypogRAPy〉、YOUR SONG IS GOODの吉澤成友と展開する、ライブプリントとドローイングによる即入稿セッション〈New co.〉などがある。受賞にJAGDA新人賞、東京TDC賞。
◎オフィシャルサイト>>
角張渉(かくばり・わたる)さん
1978年宮城県仙台市生まれ。2002年3月に、レーベル・マネージメント会社・カクバリズムを設立し、第1弾作品としてYOUR SONG IS GOODの7インチアナログシングル『Big Stomach, Big Mouth』をリリースする。以降、SAKEROCKやキセル、二階堂和美、MU-STARS、cero、VIDEOTAPEMUSIC、片想い、スカート、思い出野郎Aチーム、在日ファンク、mei eharaなど、エッジの利いたアーティストを続々と輩出。「衣食住音」をキャッチコピーに、多角的な展開を見せている。
2017年、15周年を迎え全国5ヶ所7公演の記念ツアー「カクバリズム15Years Anniversary Special」を開催。
◎カクバリズムオフィシャルサイト>>