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「好き」よりも「得意」を極めたら、行列の絶えない餃子店になった

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「好き」よりも「得意」を極めたら、行列の絶えない餃子店になった

写真左から、リトルモアより発売中の書籍『たすかる料理』編集者の當眞文さん、著者兼料理担当の按田優子さん、写真担当の鈴木陽介さん

 

代々木上原に行列の絶えない人気店〈按田餃子(あんだぎょうざ)〉がある。お店を営むのは、保存食研究家の按田優子さんと写真家の鈴木陽介さん。
実は二人とも餃子の仕事が好きなわけではない。むしろ「得意なこと」を突き詰めたからうまくいったという。そんな按田餃子の「商いの哲学」に迫った。

※本記事は2018年5月9日にSPBS本店で開催されたトークイベントの一部より構成したものです。

 
文=西村華子(SPBSインターン)
イベント写真=SPBS編集部
 

数回しか会ってないのに、物件を借りちゃった

──お二人は夫婦でもなく、友人だったわけでもないですよね? 撮影で数回会ったあとに〈按田餃子〉を思い立ったとか。
 
鈴木:ぼく、ミスユニバースの撮影をしてたことがあって、そのときに、こんな身なりですけど、「美しくなりたい」って思って、美容に目覚めたんです。それで、いろいろ(美容にいい)食べ物を探したんですけど、いいものがなくって。
 
そのとき、たまたま按田さんの本を作っていたので按田さんに相談をしてみたら、いつのまにか「餃子屋さんをやろう」ってことになっていました。それでハトムギ粉が入っていたりとか、そういう、美容にもいい餃子ができあがったって感じ。
 
按田:最初は、すごい面白いことをいう人だなと思いました。写真家なので、冗談で言ってるんだろうって。「ある日、突然英語がしゃべれたらいいよな」とか、そのくらいの感じで言っているのかと思ってた。本気で考えてないから余計に、「ああ、いいねえ」とか、適当に相槌打ってました。
 

 
──「この人本気かも」って思った瞬間ってありましたか?
 
按田:いきなり、「物件借りてきちゃったぜ」って(笑)。
 
鈴木:不動産屋に行ったら、「近くにいいのあるよ」みたいな感じで。その不動産屋さんも、「焼き餃子じゃなくて、水餃子だったらいいんじゃない?」とか盛り立てるから、ぼくも乗せられちゃったりして、いつの間にか契約してたっていう。
 
──素晴らしい不動産屋さんですね(笑)。按田さんにしてみたら、「えっ? 決めてきたの?」みたいな感じですか?
 
按田:そう!
 
鈴木:あのときは、按田さんが“嘘の相槌”をしていたって、ぼくは気づいてなかった。ぼくとしては、「やるって言ってたから、借りてきたよ」っていう感じだったと思います。
 
按田:(鈴木さんは)以前からの友達でもなくて、撮影で3〜4回会っただけの人だったから。だから、「本当に借りてきたんだ!?」って思いましたね。
 

 
鈴木:ぼくも結構ね、こんな感じだから、怪しいって思われるタイプなんです。だから、よく按田さんは受け入れてくれたなって、今でも思います。
 

失敗しても別の道がある、くらいがうまくいく

按田:私はね、貯金が100万円もなかったんで、本当に少ししか出せないから、自分が出せる分だけ出して、貯金がもしなくなっちゃったらやめようって思ってた。別に餃子屋さんになるのが夢ではないので。
 
鈴木:そうです。お金は最初からどこにも借りなかったんですよね。自分たちが出せる分だけ出して、その範囲でやっていくのがいいかなって思って。なので、〈按田餃子〉の壁って、ペンキが塗ってあるとこと塗ってないとこがあって……ペンキが途中でなくなっちゃったんです。それでも、「まあ、いっか」って(笑)。それくらいお金のない状態で始めたんですよね。だって、最初のお店の預金が2万円。
 
按田:2万円だよね。
 
鈴木:「売り上げがなかったら、早く閉めてもいいじゃん」くらいの気持ちで。無理しないで始めたのが、意外と良かったんじゃないのかな。適当にやってるんじゃないかって思われることもあるけど、失敗しても別の道がある。それって大事なんじゃないかなって思います。
 

写真=鈴木陽介/『たすかる料理』より

写真=鈴木陽介/『たすかる料理』より

 

「好きなこと」より「得意なこと」を商売にする

──共同経営という形にしていると思うのですが、「経営は鈴木さん、料理長は按田さん」みたいな分け方はしなかったんですか?
 
按田:立ち上げのときからすでに、自然に役割が決まっていました。メニューに関しては私に任せてくれていて、ショップカードとかデザインまわりは鈴木さんが得意分野だからやる。できる人がやるっていう感じに。
 

 
鈴木:そうですね。味に関しては、ぼくがあんまり言わないほうがいいなって思ってたんですよね。ぼくは、「テレビを見ているおじさんが、『うまそうだな』って言うような感じ」とか、「スプーンで食べられる、健康的なカレーライスみたいなの」とか、ざっくりしたことだけ言うんです。
 
そうすると按田さんが、「ラゲーライス」って言うんですけど、キクラゲと豚肉を煮込んだものをご飯にかけたものを作ってくれる。
 
按田:(一任してくれるのは)結構、珍しいなと思っていて。按田餃子はそういうとこが、自由でやり易いなと思いますね。
 

写真=鈴木陽介/『たすかる料理』より

 
──商売のやり方に関しては、どう思ってますか?
 
鈴木:「失敗してもいい範囲内でやる」っていうのが、ぼく的には合っているなって思います。写真で独立したときは、絶対失敗できないと思ってた。
 
按田:あと、お互いに、別にものすごい餃子の仕事が好きなわけじゃないんだよね。
 
鈴木:そうなんだよね。そんなに好きだったわけじゃないんだよね、餃子が。だけど、写真は好きだからやっていて。だから、得意なことと好きなことを、自分の中で整理すると意外といいことが起こるっていうか。得意なことと好きなことを分けると、そこにね、意外と小商いのヒントがあるかもしれない。
 
按田:そうかも。私は、「お店やるんだったら、アイスクリームサンドイッチのお店がいいな」とか、全然違う「好き」はあるんですよ。
 
でも、餃子のほうが得意なんです。ずっと粉を扱ってきたので、粉の状態を見極められるし、パンも作ってたのでそこで学んだ発酵は漬物に応用できますし。〈按田餃子〉には得意なものが詰まっているんですよね。
 
鈴木:最初は経営もしたことないから、心配だったけど、按田さんは誰でも作りやすいように料理をシステマチックにしていくのが意外と得意なんだなって思った。
 
按田:逆に、会社をどっちの方向に動かしていくかっていう大まかな決断って、鈴木さんの方が圧倒的に得意。たまに、大きな決断をするときがあって、そういうときの鈴木さんの判断は、なるほどねって思うような。やっぱり、経営者の人ってこういう感じなんだなって思います。
 

『たすかる料理』按田優子 著・料理/鈴木陽介 写真(リトルモア)

 

按田優子(あんだ・ゆうこ)さん

保存食研究家。菓子・パンの製造、乾物料理店でのメニュー開発などを経て2011年独立。食品加工専門家として、JICAのプロジェクトに参加し、ペルーのアマゾンを訪れること6回。2012年、写真家の鈴木陽介とともに〈按田餃子〉をオープン。著書に『男前ぼうろとシンデレラビスコッティ』(農文協)、『冷蔵庫いらずのレシピ』(ワニブックス)。雑誌での執筆やレシピ提供など多数。

 

鈴木陽介(すずき・ようすけ)さん

写真家。写真集に『カレーライス』、『むし』等。按田優子の著書『冷蔵庫いらずのレシピ』では料理の撮影を担当。その撮影がきっかけで、按田さんと出会い、〈按田餃子〉を開く。

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