SPBSで、いま爆発的に売れているインディペンデント雑誌『ムービーマヨネーズ』。ユーモアあふれる切り口でさまざまな映画を紹介し、唯一無二の世界観をつくり出しています。この雑誌をつくった〈Gucchi’s Free School(グッチーズ・フリースクール)〉は、日本未公開映画を紹介する団体。WEBサイトでの情報発信だけでなく、実際に映画上映イベントを開催するなどの活動も行なっています。 多くのファンを生み出している『ムービーマヨネーズ』の面白さの秘密を探るべく、SPBSにてトークイベントを開催。編集人であり〈Gucchi’s Free School〉教頭の降矢聡さん、編集者の関澤朗さん、デザイナーの佐川まりのさんを迎え、知られざる制作秘話、編集の方法、映画の新しい楽しみ方について語っていただきました。
※本記事は、2019年2月28日にSPBS本店で開催されたトークイベントの一部より構成したものです。
文=SPBS編集部 写真=横尾涼
映画は“特集”の中で紹介することで真価を発揮する!
降矢:実は『ムービーマヨネーズ』をつくるずっと前から、〈Gucchi’s Free School〉の映画雑誌を出してみないかって言われてたんですよ。ただぼくは、あまりモチベーションがわかなくて。そもそも、映画雑誌ってなんなのかもピンときていなかったし。
関澤:大手から自費出版までいっぱいありますからね。
降矢:そうなんですよ。〈Gucchi’s Free School〉が雑誌をつくる意味はなんだろう、というところからのスタートでした。
関澤:『ムービーマヨネーズ』の創刊号は2016年でしたよね。
降矢:2016年の青春映画学園祭のときだね。その前くらいから、上映会のパンフレットと雑誌の両方を兼ねたものならいいんじゃないかって考えていて。ちょうどそのとき、デザイナーの佐川さんからZINEをつくってみないかと言われたんです。
佐川:わたしは、〈Gucchi’s Free School〉で『アメリカン・スリープオーバー』*1 と『キングス・オブ・サマー』*2 の上映会のパンフレットの制作に関わっていて。パンフレットはつくったからその延長で3倍くらいの厚さのZINEをつくりたいと思ったんですよ。そんなに分厚い映画のZINEはいままでなかったから面白いだろうな、と思いました。
降矢:それで、映画のZINEとパンフレットを兼ねた雑誌である『ムービーマヨネーズ』ができたんですよ。そういう経緯もあって『ムービーマヨネーズ』は必然的に映画祭で上映した作品を特集することになるんです。
関澤:映画祭や、『ムービーマヨネーズ』のテーマをどうやって決めているのかって聞かれることが多いですよね。
降矢:映画祭にせよ、『ムービーマヨネーズ』にせよ、テーマが先にあるんじゃなくて、作品が先にあるんだよね。ぼくは、一本の作品、例えば『アメリカン・スリープオーバー』だけを観て終わるのはもったいないと思っているんです。『アメリカン・スリープオーバー』を観ることで、いままで観てきた青春映画の印象が変わるかも、って改めて考えることが大事なんです。そういう広がりがあるものをつくりたいといつも意識しています。 作品は単体では終わらなくて、色んな作品と同時に上映したり、一緒の特集の中で紹介することで真価を発揮する。だから“テーマ”という括りができるんです。
関澤:今回、映画祭と『ムービーマヨネーズ』第2号のテーマがコメディに決まったきっかけは『ヴァン・ワイルダー』*3ですよね。
降矢:そうです、初めて観たときは、とんでもない映画だなって思ったんです。
関澤:『ヴァン・ワイルダー』は本当に面白いですよね。かなりお下劣ですけど(笑)。
降矢:そう、単体で観ても下品になるだけなんですよ(笑)。だから、『ヴァン・ワイルダー』をなんとかして上映するために、他の作品もいくつか並べて構成を考えたのが、コメディ映画特集の始まりですね。『ナショナル・ランプーン』*4の他の作品と一緒に上映と誌面での特集ができたのが良かったよね。
関澤:そうですね。『ナショナル・ランプーン』っていうのは、1970年代からアメリカで発行されてきた風刺雑誌なんですけど、その独特のユーモアが話題になって、ラジオ、本、レコード、テレビ番組にまで派生していった。『ヴァン・ワイルダー』も『ナショナル・ランプーン』シリーズの映画なんです。
降矢:『ホリデーロード4000キロ』*5もそうだよね。『ナショナル・ランプーン』シリーズのコメディ映画が、コメディ映画史を考える上で一つの流れになっているんじゃないかな。 さっきの話にも繋がるけど、『ヴァン・ワイルダー』と『ナショナル・ランプーン』みたいに、一つひとつで終わらずにさまざまなつながりを持つ作品が良い。そういうものの積み重ねで、自分の中の映画史をつくりたいんだよね。それが上映会とか、『ムービーマヨネーズ』っていう形になるんだよ。
*1 2010年、アメリカ。毎年恒例の「スリープオーバー」(お泊まり会)を舞台に若者たちの夏を輝かしく描いた青春群像劇。
*2 2013年、アメリカ。『キングコング:髑髏島の巨神』のジョーダン・ヴォート=ロバーツ初監督、人気若手俳優ニック・ロビンソン劇場映画初主演の傑作夏休み青春映画。
*3 2002年、ドイツ、アメリカ。『デッドプール』で主演を務めるライアン・レイノルズの若き日の主演作。
*4 1970創刊。1876年から続くハーバード大学内の風刺雑誌『Harvard Lampoon』の編集メンバーが卒業後に立ち上げたユーモア専門の月刊誌。
*5 1983年、アメリカ。『ナショナル・ランプーン』誌に掲載されたジョン・ヒューズのショートストーリー「ヴァケイション58」を基にした作品。
デザインの見本は近所の小学生に借りた“教科書”
関澤:デザインに関しては佐川さんに本当に苦労をかけました。
降矢:団体の名前を〈Gucchi’s Free School〉にしたから学校に関連づけようと思ったんだよ。学校で読むものといえば教科書だよね。教科書っていう制限があることで、国語、算数、理科という風に、いろんな角度からアプローチできたなと思います。
関澤:それで参考にするために近所の小学生から教科書を借りたんですよね。
降矢:そうなんですよ。近所付き合いがあった子から借りました(笑)。これを参考資料として佐川さんに渡しました。
佐川:国語の下の欄の注釈とかはすごく参考にしました。
降矢:そうでしたね。『ムービーマヨネーズ』の特集は、たくさんの映画評論家やライターの方にお願いしてるんです。教科書だったらマーカーを引くと思うんですけど、プロの方に頼んだ原稿にマーカーってどうなんだろうって思った結果、固有名詞に線を引いて、映画や俳優の名前、小ネタ情報を入れるデザインにしました。
佐川:数学や理科っぽいデザインのページも考えたんですけど、断念しました。
降矢:そう、例えば青春映画評論だと、柳田理科雄の『空想科学読本』みたいな感じで、窓から飛び降りるときにかかる力を物理的に考えると……みたいなことをしたいって言ってたけど、みんな文系なので、誰も数式を解けなかったんですよ(笑)。
佐川:あと、苦労度が高かったのは、年表とかグラフですね。書くことがいっぱいあって、つくってて辛かったです。
降矢:今回のコメディ映画特集にも年表がありますよね。それも8ページ半。
佐川:どうして1ページに収まっていないんですか!(笑)
降矢:コメディ映画は100年の歴史があるから仕方ないよ。
関澤:年表は降矢さんが中心で考えてたけど、最後にぼくが入って情報を増やした結果、年表にいろんなタイムラインが入ってしまって。ラフがすごいことになってしまいました。
佐川:もう、どこに数字を入れようか。どこに線を引っ張ろうかという感じで苦労しましたよ。
関澤:赤字も結構入れちゃってすいません(笑)。「こことここは同じ年なんだ!」みたいなの大事なんです。
佐川:そんな事情まで気が回らない(笑)。でも、仕事をしていて思うのは、二人ほど映画の知識がないから、やりながら実はすごい勉強になるっていうところですね。本当に教科書みたいな感じ。
降矢:それは良かったです。やっぱり他の映画とかの繋がりとかを具体的に見せるためには、年表が一番だなって思っています。
独創的すぎる表紙のイラストに大苦戦!
関澤:デザインといえば、2号の表紙のデザインが決まったのはかなり遅かったですよね。
降矢:本当ですよ。入稿の1週間前くらいじゃないですか。表紙デザインを誰にも頼まないまま来てしまって、このままだったら白紙になるけど、中身があるから白紙でいいか、くらいの気持ちでした(笑)。
関澤:そんなときに、コメディ映画文化祭で上映する予定だった『ボクの高校、海に沈む(My Entire High School Sinking Into the Sea)』*6 という映画の監督のDash Shaw(ダッシュ・ショウ)さんが、日本で自分の映画を観てもらうために宣伝を手伝うよと言ってくれた。
降矢:彼は、アメリカのグラフィックノベルやカートゥーンのデザイナーとしても活動している、結構有名な方だったんです。ちょうどいいと思って勢いで表紙をお願いしてしまった。
関澤:ぼくらも彼のことはよく知らなかったからほとんど賭けでした。この表紙案が悪かったら本当に白紙になる。そこで、彼に絶対に守ってほしいことが2つあると伝えたんです。1つ目が、『ムービーマヨネーズ』なんでマヨネーズに絡めたイラストが欲しいということ。2つ目が、今回はコメディ映画特集だということ。
降矢:表紙に必要な情報は全てお渡ししましたよね。
関澤:そして、届いたのがこの表紙です。マヨネーズの要素もコメディの要素もどこにもない(笑)。 それに、表紙って、裏表で2枚のはずですよね。5枚届いたんですよ。
関澤:バスが横転して炎上しているイラストなんかもありました。描かれている人物も誰も笑ってない。
降矢:あと、マヨネーズだって言ったのにピザの絵なんですよ。そしてこの氷のイラストはほとんど雪印。マヨネーズならキューピーじゃないのか? と(笑)。
関澤:これが届いた瞬間やっぱ白紙かなって思いました。
降矢:ぼくは勝ったなと思いましたよ。
関澤:本当ですか!?
降矢:嘘です(笑)
関澤:そうでしょ?(笑) こんなものが届いたから表紙どうしようってなって、急遽デザイナーの佐川さんに考えてもらって。
佐川:こんな天地もわからない画像が来たのでめちゃくちゃ困りましたよ。5枚あるからそのうちの4枚を使って1枚の表紙にすればいいやって考えてこの表紙になりました。
関澤:マヨネーズでもコメディでもないけど、結果的にこれでよかったですよね。
降矢:しびれる展開でしたね。
関澤:今回の『ムービーマヨネーズ』第2号のハイライト間違いなしです。
*6 2016年、アメリカ。アメリカの新進気鋭のイラストレーター、Dash Shaw(ダッシュ・ショウ))による長編アニメーション映画デビュー作。
日常生活のふとした瞬間が映画のワンシーンになる
関澤:何か映画を観るときにこだわっているところってあります?
降矢:ぼくは、あるシチュエーションが映画ごとにどう描かれているかは気になるかな。『ムービーマヨネーズ』でいうと、創刊号に「ビヨンドリル」っていう特集があるんですよ。
関澤:『ビヨンド・クルーレス』*7っていう約200本もの青春映画のコラージュで出来た作品があって、「ビヨンドリル」の特集では、『ビヨンド・クルーレス』の中で、この作品のこの部分が使われているよ、というのが書かれているんですよね。
降矢:チェックリスト方式にしたんですよ。『ビヨンド・クルーレス』で使われた映画をほぼ全て観て、青春映画によく描かれるシチュエーションをチェックしていく。例えば、「部屋に映画のポスターが貼ってあったらチェック」、「女の子が窓から飛び降りていたらチェック」、「秘密の日記を持っていたらチェック」みたいな。
関澤:ぼくも「ビヨンドリル」を用意して映画をよく観てたんです。そうすると、「ビヨンドリル」を持っていなくても細かいところを探してチェックしなきゃ、って思うようになったんですよね。それがいまでも続いています。
降矢:わかる。結構気になるよね。
関澤:それから、映画の細部に出てきた行為が自分の中で蓄積されるんですよ。あの映画で窓から出てきた女の子と、この映画で窓から出てきた男の子が自分の中で繋がってくるような。それで「あ、窓から女の子出てきた」みたいな些細なシーンを見て、感動しちゃったりするんですよね。
降矢:ぼくは、最近だと『A GHOST STORY(ア・ゴーストストーリー)』*8っていう映画がそうだった。旦那さんが亡くなって悲しみにくれる女性をルーニー・マーラが演じるんですけど、彼女が、知り合いが家に置いていったパイを食べるシーンがあって。そこで、パイを食べる前に包装のアルミホイルをグシャっと潰すんですよ。その質感が一番印象に残っている。 アルミホイルを潰すことって、日常生活でもあると思うんです。そこで、その映画を思い出して少し悲しくなる。そういうふうに、映画の細部を日常の中でフィードバックする瞬間を大事にしています。
佐川:わたしも、細部にこだわる感じというのはわかる気がします。映画のストーリーは覚えていないけど、あの俳優がタバコを吸っているあのシーンだけは覚えているみたいなことはありますね。
降矢:ぼく、ここに来る途中で携帯落としたんですけど、それに気づいた瞬間ちょっとブルース・ウィリス入りましたもん。
関澤:『ダイ・ハード』*9のときの(笑)。
降矢:そう、「なんで俺がこんな目にあうんだよ」みたいな。それでちょっと救われる。そういう映画の楽しみ方があってもいいのかな、って思いますね。
*7 2014年、アメリカ。約200本もの青春映画が引用される。「明るく明快で楽しい」という青春映画のイメージを変える、青春映画論映画。
*8 2017年、アメリカ。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のケイシー・アフレックと『キャロル』のルーニー・マーラの共演で、幽霊になった男が残された妻を見守る切ない姿を描いたファンタジードラマ。
*9 ブルース・ウィリス主演のアメリカのアクション映画。1988年に公開された第1作目から全部で5作品の続編がつくられた。
降矢 聡(ふるや・さとし)さん
早稲田大学芸術学校の非常勤講師を経て、グッチーズ・フリースクール主宰(教頭)になる。『ムービーマヨネーズ』企画・編集、共著に『映画を撮った35の言葉たち』、『映画監督、北野武。』(ともにフィルムアート社)、『映画空間400選』(INAX出版)。そのほか、映画雑誌やプログラム等に映画評を執筆している。
関澤 朗(せきざわ・あきら)さん
映像制作業の傍ら、グッチーズ・フリースクールに参加。昨年12月の上映イベント『傑作? 珍作? 大珍作!! コメディ映画文化祭』に企画・運営で携わったほか、『ムービーマヨネーズ』第2号では執筆・編集を担当した。
佐川 まりの(さがわ・まりの)さん
桑沢デザイン研究所卒、現在は広告制作会社でデザイナーとして勤務。『ムービーマヨネーズ 創刊号』では編集・デザインを担当し、グッチーズ・フリースクールが配給する『アメリカン・スリープオーバー』の宣伝、アートワーク、DVDのパッケージデザインなども担当。同志と作成している映画系ZINE『POWANT MAGAZINE(ポワンマガジン)』も不定期に発行している。