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SPBS10周年記念スペシャルトーク。「川上未映子の10年。日本文学の10年」(後半)

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SPBS10周年記念スペシャルトーク。「川上未映子の10年。日本文学の10年」(後半)

 

「『詩の朗読にはとても意味がある』という考えかたよりも、『詩の朗読にはまったく意味がない、むしろ悪』くらいの考えかたのほうに、わたしの知りたいなにか大事なことが潜んでいるのではないか」という川上さんによる、「審問」「試す」(『変奏』)の朗読をはさんで、その頃ちょうど上演中だった「川上未映子×マームとジプシー|みえるわ」の青柳いづみの「演技」に言及した後トーク再開、後半は“選ぶ側も選ばれる”という新人賞選考、そして、『早稲田文学 女性号』についてのことなど、様々なテーマに話が及びました。(前半はこちら>>

 

スピーカー=川上未映子(文筆家)/ 江南亜美子さん(書評家・近畿大学、京都造形芸術大学非常勤講師)

 

選考会ではやさしく。選評では厳しく

江南亜美子(以下、江南):川上さんの創作以外のお仕事のうち、最近めざましいのは、とりわけ女性たちへの啓発、啓蒙的なメッセージの発信です。たとえば「『主人』という言葉が心底嫌い」(『日経DUAL』)などの記事は、話題を呼びました。精神分析医の斎藤環さんも「川上さんは、ジェンダーと闘う作家だ」と言われていました。

 

川上未映子(以下、川上):はい。

 

江南:もうひとつ、あまり一般に知られていないかもしれないけれど、川上さんは文学賞の新人賞の選考委員を3つ掛け持ちされています。つまり、これからの日本文学の10年をつくっていく作家を選ぶ仕事をされている。選考委員を務めるのはまだ早いのでは、という声もあったなか、川上さんは本当に勤勉なので、たとえば『新潮』の選考委員を始めて5年ほどは、文芸誌に掲載された、芥川賞を取っていない作家の新作にすべて目を通されていたとか。

 

『乳と卵』が芥川賞作品に選ばれたことの
意義と意味を語る江南さん(写真左)

 

川上:デビューして3年目だったっけ。自分では早いとは思わなかったけどな。で、そうそう、読んでいましたね。新人賞の選考って、候補作品を読むだけでは不安なんですね。新人としてデビューしたての人のアベレージのようなものを把握しておく必要があると思った。見落とさないでいられたはずのものを見落としたくない、あの時、もっと読めていたかもしれない、というのが怖いからです。

 

江南:川上さんの選評は、きびしめとの定評も。

 

川上:そうですかね。ただ、吉田修一さんに言われたのは、みんな、選考のときは厳しくても選評ではやさしくなるのに、川上さんだけが逆だ、と。選評では、選考会の議論のときよりきびしくなるよね、と。でも、これも考えかたによりますが、わたしにとって選考というのは、書評することではなくて、ジャッジだと思っています。優劣をつけて、何かしらの判断を下すわけですから。その資格が、わたしにあるかどうか、きちんとできているかどうかは別にして、ジャッジである以上、曖昧な言葉をつかうことができない。

 

江南:選んでいる方も問われるわけですよね。

 

川上:そうですね。

 

この10年で、一番心に残った作品の名前

江南:最近では芥川賞を受賞した石井遊佳さんの 『百年泥』(新潮社)も、新潮新人賞出身。激推しされていたのが印象に残っています。

 

川上:『百年泥』は、素晴らしい作品でした。

 

江南:上田岳弘さんも早くから評価するなど、本当に、才能をきちんと見究める批評眼のすばらしさを感じます。

 

川上:そういう偶然のひとこまとして、巡り合う作家や作品ってありますよね。

 

10年前、書き下ろし短編を寄稿した
雑誌『ROCKS』(SPBS発行)創刊号を手にする川上さん

 

江南:一つ前の芥川賞を受賞した沼田真佑さんはどうですか。

 

川上:『影裏』(2017年 芥川賞 / 文藝春秋)も文學界新人賞なんですけど、裏話としては、わたしはちょっとわからなかったんです。彼がしようとしていることはわかる。だけれど、これが最高のかたちなんだろうか、と。でも、選考会で、松浦理英子さんと吉田修一さんのお話をきくと、わたしに判断がつかなかった箇所のすべてがこの作品の美質であることが理解できた。選考から学ぶことも多いんですよ。

 

江南:川上さんがこの10年ですごいと思った作品はなんですか?

 

川上:デビュー作で、ということですよね? 圧倒的に、黒田夏子の『abさんご』(文藝春秋)ですね。

 

江南:川上さん、お子さんに読み聞かせをしたんじゃなかった?

 

川上:はい。息子の生まれた朝に、『abさんご』の掲載された早稲田文学が届いて。素晴らしかったですね。存在の根底から揺さぶられる、涙なしには読めない作品です。ここに書かれていることを、息子が最初に聞いた日本語にしようと思って、ずっと彼に読んでいました。暗唱できる部分もありますよ。素晴らしい作品です。

 

『早稲田文学 女性号』の制作秘話

江南:ジェンダーの話に戻りますが、『早稲田文学 女性号』では、責任編集者として、執筆者一人ひとりに依頼のお手紙を書くところからはじめられたんですよね。あらためて、こうした雑誌が完成して、どうですか。

 

川上:何がやりたかったか、とか、わたしが文学をどう思っているかということは、巻頭言に書いてある以上のことは、ありません。出したときに、96パーセントくらいは、好意的だったと思います。でも、女性だけ80人がまとまって1冊になるということを──表紙にピンクを使用したことも含めてね、否認したいという空気もあった気がしますね。

 

江南:言論雑誌は男性の書き手しかいない場合がたくさんある。でも、女性の書き手があつまって雑誌をつくると——。

 

川上:「過剰な暴力性を感じる」とかでしょう。いわゆる男性の、素朴な感想ですね。仕事してないよね、と思いますね。

 

江南:うん、うん。

 

川上: もちろん、コンセプトについて印象を雑に語るのもいいですよ。そんなの勝手だし、わたしは知らない。でも「最近、女の人たち元気よくて怖い」以上のことを言えないのは、残念ですね。なぜ、これが必要だったのかということ。必要でないというなら、女性でくくることで、何を損なっているのか、どういう意味で退行しているのかとか、そういうところまで言及してもらえるといいですけどね。引用とかじゃなくね。すごくうれしいし意味のある批判になったと思う。文学の範疇でこういうジェンダーにかんする特集が出たときの反応で、その人の基本的な固定観念がわかりますね。自分の紋切り型の思考には甘いんです。その意味では、わたしも勉強になりました。

 

江南:『早稲田文学 女性号』には、イーユン・リーというアメリカで活躍している中国系の女性作家の短編も載っているのですが、わたしは、いま、日本文学と海外の文学を分けて語る必要性はないと思っています。ひと口にアメリカ文学といっても、移民としてのパーソナルな部分を丹念に書くひともいれば、普遍的な労働問題を書くひともいたり、つまり多様な作品がただ多様に存在している。だから『早稲田文学 女性号』も、いまの日本文学シーンというより、世界の文学シーンを読み解ける雑誌になっています。

 

『早稲田文学 女性号』で初めて編集者を経験した川上さん。
「ここに集まった原稿すべてが自分の子どものようで、愛おしい。
こんな気持ちは編集者になったからこそ」と語った

 

川上:あと、『早稲田文学 女性号』の責任編集という立場で関わらせていただいて、少し編集者の気持ちがわかるようになりました。これが、最初で最後ということもあると思いますが、自分が編集する雑誌に寄せられてくる原稿というのは、何か特別なものですね。編集者って、こんなふうに思うのかな、と。

 

江南:川上さんに頼まれて、断れるひとがいるのか、という話もありますが。

 

川上:いや、それは普通に断るでしょう。頼むほうは、もし、1本もあつまらなかったら、どうしようって思っていました。テーマも決まっているし、みなさんお忙しいだろうし。

 

江南:けっしてお金のためじゃないですものね。

 

川上:変に、「女性号」の理念に賛同しているみたいに思われてしまうリスクだってあるかもしれない。もしかしたら、全部再録になるのではないか、でも、著作権継承者にも断られたらどうしようって……。

 

江南:ほんとうに繊細だ(笑)。でも、男性がつくってもいいわけですしね。

 

川上:上野千鶴子さんが書いてくださった書評に、女性号というのは周縁化された逆説的な意味においての特権が可能にしている、だから、今回の女性号のような意味での男性号は無理だろう、とありましたね。

 

江南:ただ、長い戦後が終わり、もしかしたら「戦前」になりつつあるのではないかと感じるいまの時代に、「男たち」が何を考えているのかというのは結構切実な問題です。

 

川上:わたしは、男性たちが、イシューを男性について限定した雑誌があったら、読んでみたいなと思うけど。でも、プライドと否認がすごいだろうから、やっぱり全体的に、ワンクッションおいた社会的なことに集中するとは思いますね。個人的な苦しみや抑圧については、なかなか扱いが難しいんじゃないですか。

 

江南:エンタテインメントの世界では、近年、戦争を美化した「百田尚樹的なるもの」がすごく売れました。男性性をもう一度ブーストする動きかもしれません。しかしそんなマッチョイズムを、世の男性たちみんながよしとしているはずはない。そうした彼らの声が、どこで掬い取られればいいなと思います。

 

川上未映子のこれから

江南:最後に、これから川上さんが何を書いていくか、教えてください。

 

川上:出産したことで、6分の1くらいしか仕事ができていない実感があります。去年は『みみずくは黄昏に飛びたつ—川上未映子訊く 村上春樹語る』(新潮社)と『女性号』という思いがけない仕事があったので、小説の予定が変更になってしまいました。長編でいうと5作ぐらいは決まっていて、だから、後、10年でいうと、10年でやることは決まっている感じですかね。

 

江南:発表できるものがありますか?

 

川上:今年中には、ひとつ長編が出ます。ほんとにそんなの出るのかなーと思うけれど、でも、女性号も出せましたからね。まあ、出るんでしょうね。今書いている作品も、その法則でいけば、出るんだと思う、わたしの気持ちとは関係なく(笑)。

 

江南:あと、ヴァージニア・ウルフが下敷きの、意識の流れが読みどころとなる『ウィステリアと三人の女たち』が収録された短編集の刊行はもう決まっているんですよね。

 

川上:三月の末に出ます。

 

江南:わたしを含めた川上さんの読者にはなによりの朗報です。本日は、どうもありがとうございました。

 

川上:こちらこそ。みなさんも、どうも、ありがとうございました。

 

 

川上 未映子(かわかみ みえこ)さん / 文筆家

1976年8月29日、大阪府生まれ。 2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。08年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。10年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。13年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。16年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。17年9月『早稲田文学増刊 女性号』責任編集を務めた。

 

江南 亜美子(えなみ あみこ)さん / 書評家、近畿大学、京都造形芸術大学非常勤講師。

1975年12月22日、大阪府生まれ。現代日本文学を中心に海外の翻訳小説まで幅広くカバーし、作品紹介を続ける。川上未映子責任編集『早稲田文学 女性号』にも論考を発表。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)、大澤聡編『1990年代論』(河出書房新社)など。

 

文=河村信

写真=森本菜穂子

モデレーター=谷口愛(『歩きながら考える』編集発行人)

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